元アベンジャーのCOJ

チョコとポテチとコーラが好き。

『学校を早退してコンサートに行った話』を見て思ったこと

こんな記事をみかけましたが

amnosohmy.hatenablog.com

amnosohmy.hatenablog.com

 

こちらの記事を見て思ったことを書いてみる。

 

先日の話


2016年3月31日と4月1日に、東京ドームで『ラブライブ!μ's Final LoveLive!~μ’sic Forever♪♪♪♪♪♪♪♪♪~』が行われた。


ラブライブ!の最後のライブであり、集大成といってもよいものだ。


もちろん多数の参加者が見込まれ、実際ライブに参加するには数多の抽選を突破する必要があった。


ラブライブ!が好きな人で参加可能な人達はこぞって応募したのだろう。


私もラブライブ!のことが好きであり、このファイナルライブにも興味を惹かれた。


しかし、私は抽選自体に応募しなかった。
ライブに参加する可能性を自ら0%にしたのだ。


理由はいくつかある。


もう年齢が3○歳なのでそういうイベントに参加するのが恥ずかしいということもあるし、ライブ会場が東京ドームなため、福岡に住んでいる私にとって遠すぎるということもあるし、無職中で金が無いということもあるし、そもそも無職なんだからライブに行ってる場合じゃないということもある。


やはり一番大きいのは年齢だろう。
頑張れば東京くらいには行けるし、お金の問題もバイトすれば解決するし、無職であることはまあ、うん……。


とにかく、3○歳のオッサンとしては、


「かしこいかわいいー?」
「「「「「エリーチカーーーー!!!!」」」」」


とかやるのはちょっと抵抗があるのだ。


「真姫ちゃんかわいいー?」
「「「「「かきくけこーーーー!!!!」」」」」


とかをやるのも。


もし私がもっと若ければ、他のラブライバーの方々と一緒にライトセイバーみたいなやつを振り回していたであろう。

 

とにもかくにもそれらの理由があわさって、最終的に私はファイナルライブの抽選に応募しないことを選択したのだった。

 

でも後になって……


しかし後日、ツィッターとかのタイムラインで流れてくる満員の東京ドームの画像とかを見ているうちに、やっぱり自分も参加したかったなと思うようになったのだ。


リアルでライブを見たかったという気持ちはもちろんだが、しかし、それよりも私が欲しかったのは共感だ。


『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』に出てきた謎の装置のように、私も他の人と喜びや悲しみを共有したかったのだ。


後日、ライブ自体はDVDなどでおそらく見ることは出来るだろう。


でも真に思い出を共有できるのはその場にいた者たちだけだ。
それはその日にしか体験できない。


そう思うと、やはり私もあの日、あの場にいたかったと思うのだ。
μ'sのメンバーが集まってライブをするのはおそらくあの日が最後だったのだから。

 


さて、言及先の記事についてだが。


この生徒が平日に学校をさぼるような形で嵐のライブに参加したことは賛否両論あるようだが、「うらやましい」というのが私の正直な感想だ。

 

この生徒は学校をさぼってまでライブに参加することを選んだ。


しかし、私に『時間を巻き戻してもう一度ファイナルライブの抽選に応募するチャンス』が与えられた場合、果たして私は応募するのだろうか?


と冷静に考えてみたところ、おそらく、私はやはり応募しないだろうという結論が出た。
冒頭で述べたような言い訳を口にして。


きっと100回繰り返しても同じ選択をするだろう。


私に足りないのは情熱だ。
でもこの生徒にはそれがある。
その情熱が、私にとってとても眩しく映るのだ。

 

私は上で書いたようにそこまでの情熱もなく、ラブライブのグッズなども特に持っていない、ラブライブオタクにもなれない中途半端な存在だ。
鳥にも獣にもなれない哀れなコウモリである。
鳥なき里の蝙蝠になりたい。
つまらない人間でもいいから他に優秀な人がいないところで君臨したい。

 


ちなみに、先生達がこの生徒に対して怒ったのは当然のことだと思う。
それが先生の役目だからだ。
なお、私は高校時代、言及先のブログで出てくる『素直な生徒』だったが、おそらく教師達は私のことなどもう覚えていないだろう。

 

今回のことは、良い意味でも悪い意味でも記憶に残る出来事になったはずだ。
それはこの生徒にとっても先生達にとっても、年齢を重ねて振り返ってみた時に、良い思い出として心に思い浮かぶのではないだろうか。