元アベンジャーのCOJ

チョコとポテチとコーラが好き。

「ゲームは無駄」と言われるが、じゃあ人生は無駄じゃないのか

何か月か前にニンテンドースイッチでディアブロ3をやったのですが、いまいち熱中できない自分がいました。

ディアブロシリーズといえば敵を倒してレアなアイテムを手に入れるのが目的の大半ですが、そのアイテムで凄いものが手に入っても大して嬉しくなかったのです。

最後まで淡々とプレイし、結局クリアしたのは一つの職業だけで、それ以降ほとんどプレイしませんでした。

昔パソコンでディアブロ2をやった時は「チリーン」と指輪がドロップする音を聞いた瞬間に拾いにいったものです。

敵を倒しまくってレアアイテムやユニークアイテムが手に入るたびにどんな効果だろうとワクワクしました。

子供の頃もウィザードリィでアイテム集めに奔走し、『むらまさ』や『せいなるよろい』などの貴重なアイテムを求めて何度もダンジョンに潜りました。

でもディアブロ3では、アイテムを集めるという行為になぜかそこまでの高揚感を味わうことができなかったのです。

ゲームを終えた瞬間に、それらのアイテムに価値がなくなることが分かっていたからだと思います。

いつか終わっても、それは無駄ではない

そんなことを言うと「今頃気付いたのか」「だからゲームなんて無駄だと言ってるだろう」みたいなことを言われそうですが……。

でも人生だっていつかは終わってしまいます。ゲームがいつか終わることと同様に。

ということは人生で今日何かをやることも、過去に何かをしていても、未来で何かを成そうとも、すべて無駄ということになってしまいます。

でもそうじゃないですよね。もしくはそうじゃないと信じていますよね。

それならゲームで手に入れたアイテムが無意味になるからといって、ゲームを遊んだという行為そのものが無駄になるわけではありません。

もちろんゲームが高尚なものだと思っているわけではないです。

この世にたくさんある娯楽や趣味のひとつにすぎないと思っています。

スポーツとか釣りとか山登りとか手芸とかと一緒です。

人生を豊かにする要素のひとつなのです。

そこから何かを得られたなら無駄であるはずがない。

そう。決して無駄ではない

冒頭ではディアブロ3について書きましたが、他のゲームでももはやアイテムコンプリートや勲章集めなどに固執することはなくなってしまいました。

でもゲーム自体はまだ楽しめています。

スポーツをしたい時はスポーツをするし、釣りをしたい時は釣りをする。

それと同じでゲームをしたい時はゲームをやれば良いのです。

スポーツや釣りが無駄ではないのなら、ゲームだって無駄ではないのですから。

ちなみに私は4○才無職ですが、子供の頃からゲームばかりやっていたらいつの間にかこうなってしまいました。

でもゲームをやってきたことは無駄ではありませんし、私の人生もまた無駄ではないのです。

そう。無駄ではありません。

無駄じゃないですよね。

誰か無駄じゃないって言って!
言ってよぉっ!!

 

……失礼。少々取り乱してしまいました。