元アベンジャーのCOJ

チョコとポテチとコーラが好き。

国士無双を目指した者だけが国士無双をあがることができる

たまにパソコンでセガNET麻雀MJをやるのですが、MJに限らず麻雀をやっていると、

普通にあがるのも遠いけど、だからって国士無双に向かうのもちょっときびしいぞ。

というどっちつかずな配牌が来ることがあります。

 国士無双とは麻雀の役のひとつで、上がると大きな点数を得ることができます。

 

でも国士を上がれることは滅多にないですし、親の時なんかは特に連荘したいものですから、

「ええい。俺は国士なんかを狙うより堅実に行くんだ」

と一九字牌から切り始めることが多いです。

 

それで結局大して手も進まず、終局まぎわに自分の河(捨て牌)を見て気が付くんですよね。

ああ、国士無双を目指していたら、実はあがれていたんじゃないのかって。

 

アニメタ!の5巻でも富士さんが、最初はまったくの素人だったけど必死で頑張ってやがて原画試験までたどり着いたユキムラを見て、

「なりたいものになれるのは選ばれた人間なんじゃなくて『なろう』とした人間なんだなって」

と言っていましたが、まさにこれです。

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悔しいという気持ちが消えていった

私はもともとひとつのことを極めることができない人間で、このブログですらいろいろと中途半端な出来栄えです。

例えば一時期このブログでお金を稼ぐことができればと必死になって更新していましたが、いつしか様々な理由をつけて、だんだんと脇道にそれていってしまいました。

今でもこのブログで稼ぐことに未練はあるのですが、それと同時に諦めてもいます。

 

「悔しいうちはまだ戦えるからよ」

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「『悔しい』が消えて『羨ましい』だけが残ってしまったらもう戦えなくなるのよ……私みたいに」

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という彼女のセリフと気持ちが、最初は「ブログ 稼ぐ」というキーワードで検索していたけど、ある時期から「ブログ 稼ぐのをあきらめる」とかで検索しだした私そっくりです。

ゲームなどの好きなものですら駄目だった

このブログに限らず、これまでの人生でもそういったことはよくありました。

カードゲームMagic the Gathering も一時期すごく熱中しており、小さい大会で優勝したりしたことはたびたびあったのですが、大きい大会で上位に入るような活躍をするところまではいけませんでしたし、もちろん生涯獲得賞金もゼロです。

コード・オブ・ジョーカーも、ボーダーブレイクも、三国志大戦も、Quest of D も、やはりせいぜいが中級者というところまでしか行けませんでした。

アーケードゲームばっかりですねwしかもSEGAばかり。

でも好きなゲームですらそこまでが限界だったわけです。

上手いプレイヤーに対して悔しさよりも、だんだん羨ましいというあきらめの気持ちが勝っていったのです。

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他にもCGを描くことを目指そうとしたり、シナリオを書いたりといったこともやっていましたが、大した結果を出すことなくやめてしまいました。

今では趣味としてすらどちらもやっていません。

私はきっといつまでもたどり着けない

私は「まあこんなもんか」とか「これくらいで十分だろう」という言葉がおそらく好きなのでしょう。

何をやっても、どうやっても、途中でさめてしまう。

私も何かひとつのことを極めることができていれば、もう少し充実した人生を送れたのかもしれません。

実は今現在いくつかやりたいことがあるのですが、そういった過去のせいでどうしても躊躇してしまいます。

始めてもまた途中でやめてしまうのに、果たしてやる意味があるのだろうかと。

 

アニメタ!に登場するユキムラまりあちゃん富士さんはもちろん、キャラの立ち位置としてあまり良いポジションとは言えない名等ですら、私にとっては十分すぎるほど眩しい存在です。

私ではあのような地点までは行けませんから。

国士無双を目指したからといって、国士無双をあがれるとは限りません。

でも国士無双をあがれるのは、国士無双を目指した者だけ。

これだけは間違いなく言えることです。